第357回 次年度事業計画の意義

 3月を決算期としている旅館は結構多い。

 これから申告期限までの2ヶ月間、さまざまな修正を図ることで、経営者や経理担当者は顧問税理士とのやり取りが繰り返される。

 またこの時期は一方で新たな事業年度の始まりでもある。

 そこで新年度事業計画を作成することになるのだが、なかには金融機関から提出を求められて、仕方なく今期実績を基に、ほぼ横並びの数字を並べ、つじつま合わせをしたものに過ぎないものもあるようだ。

 金融機関としては、その数字がどれだけ精度が高いものかどうかというよりは、その状況に応じた必要資料のひとつとして捉える傾向にある。

 だから、金融機関の担当者が仮に「この内容で結構です」と言ったとしても、その旅館にとって意義ある事業計画書であるとは限ららない。

 事業計画書にとって最も重要なことは、それが次年度の確かな目標数値であり、各部門がその数値に向かって行動を起こすためのプロセスまでを落とし込んでいることである。

 ある旅館では、金融機関との関係から、減価償却をフルに実施した後の経常利益額が、次年度の着地点として明確に決められている。

 何が何でもこの数値を達成しなければ後がないという状況だ。

 そこで、この数値から月別の損益計画を季節変動指数を使って逆算すれば、一応の目安となる月次計画があっという間にできあがる。

 実はここからが肝心だ。

 ここに計上された売上、原価、経費をいかにしてクリアしていくかという作業に入る。

 旅館の全体計画は、その旅館を構成する部門別収支計画の集合結果である。

 だから、全体計画と部門別計画は、整合性がとれていなければ意味がない。

 さらに見落としがちなのが、修繕の枠を超えた資本的支出である。

 例えば配管や冷暖房設備、自家発電設備の交換時期に来ている旅館は多いはずだ。

 これらは動かなくなる前に計画的に設備投資をしなければならない。

 しかも資産計上しなければならないため、損益計画ではリース料等となってあらわれる。

 このように事業計画は、その旅館の実践計画を数字に落とし込んだものである。

 だから経営者はもちろん旅館を支える各部門にとっての、確かな道しるべなのだ。

第356回 部署間の報連相に注目する

 自分が働いている旅館の中で、日常「これはまずいな!」と思っていることをスタッフ全員個別に記述してもらうことがある。

 旅館は同時刻に複数の業務が行われている。

 大方は無難にこなしているものの、大なり小なりのトラブルは毎日発生している。

 ある旅館の現場では同じ類のトラブルが繰り返されていた。

 そのつど女将や支配人が、当人に対して注意をするものの、結果として是正がなされていないのである。

 このような場合、とかくその担当者の資質や力量に目が向きがちだ。

 「あの人はいつも同じトラブルを起こす」というレッテルをはられてはいるが、結局のところしょうがないということで片付けられている。

 確かにケースによっては、その担当者がもう少し周囲に気を使った行動をとれば、回避できたであろうことは多い。

 しかし、業務オペレーションを人任せにばかりしていては、品質の差が担当者にとってまちまちであることを容認してしまうことになる。

 このような状況では、提供商品の品質向上ははなはだ難しい。

 旅館を取り巻く経営環境が厳しいなか、どの旅館も適正価格で魅力ある商品を顧客に提供し、集客アップを図る営業展開をしていかなければならないのである。

 このサイクルをまわしていくためには、少なくとも顧客目線でダメ出しが出るオペレーションを繰り返させることは何としても避けなければならない。

 冒頭の「これがまずいな!」の回答に、必ずといっていいほどでてくるものがある。

 それは部署間の報連相が希薄だという指摘だ。

 全く知らされていないプランが存在し、料理の説明もできない。

 いつの間に無料チケットが配布されていたのか?

 当日の変更が板場に伝わっていない。等々毎日のように聞くトラブルである。

 旅館のオペレーションは、複雑なバトンリレーのようなものだ。

 いつ発生するかはわからない。

 だから経験上想定されるバトンの受け渡しを、これでもかと言うほどシミュレーションと訓練を行う事が大事だ。

 その精度を高めることで、顧客から感謝の言葉が増すのである。

 仕方なく業務をこなすといった感覚では、バトンは次へつながらない。

第355回 青森県庁の複合的取組み

 縁あって青森県内にある複数の旅館に対するコンサルを実施している。

 これは青森県庁の観光企画課と経営支援課の合同事業である「あおもり観光産業収益力向上事業」の中に位置づけられたものである。

 行政は部署によって役割が明確に定められ、それぞれの行政サービスがおこなわれている。

 しかしサービスを受ける側からすると、いわゆる縦割り行政が現場の課題解決にとって大きな障害となっていることが多く見られる。

 例えば観光企画課は県内観光イベントの企画・開催に特化する姿勢があり、一方経営支援課は、事業所の経営改善指導に特化するというものだ。

 対象事業所となる旅館から見た場合、それぞれの特性をうまく分けて捉えればすむのかもしれない。

 しかし、今回の取り組みは、違う部署同士が連携することにより、旅館に対して複合的なアドバイスを実施することができるという画期的な取り組みといえる。

 具体的には業務オペレーション改善や仕入れ・在庫管理体制の見直しを図るとともに、旅館内部の強みを認識し、その旅館ならではの提供商品を強化していくプロセスを同時に実施している。

 この間、事務局としての各課の担当者はコンサル・旅館と常に連携を保ちながら事業を展開している。

 事業や業務の効率性と提供商品の付加価値アップによる収益力アップを図るには、その過程において様々な困難が生ずる。

 金融機関もこの両方を旅館に求める。

 例えば目標売上に達しないから、人件費を抑えろという。

 その結果、スタッフが減り、満足できるサービスが提供できず、結果として、集客がダウンし損失の幅がひろがるという悪循環である。

 この難解な課題を解決していくには、創意工夫により果敢に取り組むしかない。

 例えばある旅館では中途半端な会席料理の提供をやめた。

 そのかわり郷土料理のハーフバイキングの提供とともに、青森特産のリンゴの食べ比べを取り入れたエンターティメントレストランを企画している。

 自館の強みを取り入れた他に類のない楽しい夕食を演出することにより、スタッフの提供サービスの内容を思い切って変える。

 現状のマイナス要因をはるかに超える楽しさが、顧客の満足をえるという仕組みができあがりつつある。

第354回 部門ごとのオペレーションと方針を共有するメリット

 旅館内部の業務改善については、どの旅館も重要な事項として取り組んでいる。

 その内容は、当月に発生した部門内での課題を、いかにして解決するかという議論が主な内容だろう。

 これを毎月継続的にオブザーバーとして見ていると、対処療法的な解決策を導き出してはいるが、多くの場合、中途半端な結果に終わり、数ヵ月後にはまた同じような課題が顕在化してくるというケースが多い。

 なぜ同じ事を繰り返すのかというと、そもそも抜本的な課題の原因を把握することなく、傷口をふさぐ程度の解決しか行わないからであり、傷の中はますます悪化していく事実を把握していないからである。

 なぜこのような悪循環が生じてしまうのであろうか。

 業務改善を目指す会議では、たいていの場合、経営幹部と部門のリーダーによって、ディスカッションが行われている。

 その場面では、あるべき姿に達していない経営者サイドの苛立ちと、現場の立場を最優先で守ろうとする部門長との立場の違いが露呈する。

 一見どちらの言い分もその通りだと思うことがある。

 物事は様々な角度から見ると、全く別のものに見えるものだ。

 だから、立ち位置が違えば、課題の原因や解決方法は全く正反対の意見がでる。

 お互いの立場を理解し、意見の相違を認識した上での議論であれば、建設的な解決策を導くことが期待できるが、力関係が働き、その場では一方が納得したように見えても、実は全く納得していない場合では、不満が募る一方でよい結果が生まれない。

 この繰り返しをいい加減やめようということで、部門長が現場のオペレーション内容と方向性、課題について、経営幹部および各部門のリーダーたちの前で、順番にプレゼンを実施する機会を設けた。

 これまでは他部門の業務に関心が薄れがちだった。

 しかしそれぞれの部門長が旅館をもっと良くしようと思っていることがわかり、自部門とのかかわりが意外とあることを理解した部門長たちは、連携の必要性を強く感じたのである。

 業務の現状発表は、仲間意識をよみがえらせると共に、課題の共有も併せて可能にする。

 旅館の内部を強化することは、課題解決の有力な方法だ。

第353回 旅館再生のプロセスを間違えるな

 中小企業金融円滑化法がもう一年延長され、さらに資本性借入金を積極的に活用するようにという金融庁の発表があった。

 金融機関の一部では貸出先に対し、さらなるリスケの延長とともに、DDS(劣後ローン)を組む先のリストアップに取り掛かったようだ。

 これまでも中小企業再生支援協議会を通して、いわゆる協議会版DDSの活用を目指した金融機関や旅館は、数多く存在した。

 しかし、再生の見込がないと判断された旅館の案件は、中小企業再生支援協議会から金融機関へ戻され、結局金融機関の最終判断に委ねられるというパターンに至っている。

 再生の見込の判断基準は、このコラムで何度も述べてきたように、フル減価償却後に黒字が計上される可能性があることである。

 つまり、過去の負債の返済能力はともかく、自力で利益を生み出すビジネスモデルが構築できるかどうかということにつきるのである。

 今、その基準に達していないが、それに向かってなんとかその基準をクリアしようとしている旅館は、まず自館の三年から五年後にかけての「あるべき姿」を明確に描くことからスタートする必要がある。

 そしてそのプロセスを歩んでいく際に、障壁となるものをピックアップし、その抜本的な原因を突き止める。

 さらにその課題を、努力と工夫によって解決していく。

 この具体的な内容は、各旅館によって異なるのだが、実は多くの共通点が存在する。

 それはまず自館の将来ビジョンが全く描かれていないことがあげられる。

 先頭に立たなければならない立場の経営者が、今おかれた経営環境に悪戦苦闘し、全く何をどうしたらいいかわからないというケースだ。

 これはあるべき姿が明確になっていないから、方法が見つからないのであって、課題解決のプロセスそのものが間違っているのである。

 経営戦略を立て、それを実行していくという、経営者にとって最も重要な仕事は、順番を間違えると全く機能しないことになる。

 事業はあくまでも結果が求められるが、その結果を導くためには、定石となるプロセスを間違えないことが基本だ。

 見当違いの努力をしている時間はもはやない。

 自館の存在価値を確かなものにし、そこに利益が出てくるビジネスモデルを必死で作り上げよう。