第269回 再生の支援を受ける前提条件

地名は伏せておくが、ある温泉地を地元旅館経営者に案内してもらった。

 年々入り込み数が減少し、旅館件数もピーク時の半分以下になったという。また、新興グループの買収も進んでいる。

 このままでは温泉地がすたれてしまう。何とか手を打たなければという行政サイドの取り組みもあり、足湯や協同浴場のリニューアルをはじめとした温泉街の再整備をおこなっているところも多いようだ。

 金融機関は金融円滑化計画の推進もあって、リスケにはスピード感をもって対応するケースが見られる。

 このように、全体の雰囲気としては、このコラムのテーマでもある旅館経営の再生にむけての様々な支援体制は年々厚くなってきている。

 しかし、当然であるが経営状況が悪化したすべての旅館が再生できるわけではない。かつての過剰投資が原因で借入金過多となったが、返済をある期間猶予すれば経営再建の見込みがある旅館や、他にはない強みを持っている旅館といった前提条件がある。

 財務的には営業利益が出る見込みがなければ、土俵には上れない。

 再生計画は本来ならば自力再生が困難なケースではあるが、何らかの方法で財務的な支援をおこなうことにより、再生が可能と判断されたものだけに実施されるものである。したがって、債権者側も痛みを分かち合うだけに、計画は必ず実現されなければならない。

 万が一この計画が失敗に終われば、その施設は更地になってしまうことも十分考えられる。

 日本の温泉地では、冒頭に示したような光景がいくつも存在する。これ以上、悪化させないためには、少なくとも支援を得ることができるところまで、自助努力をしなければならない。

 今一度、わが旅館のセールスポイントを見直し、その価値をあげるために全力で取り組むことである。それと同時に顧客目線で提供商品を見た場合に、改善しなければならないことをほったらかしにしていないか、経営者が再度チェックすべきだ。

 それができなければ、経営者自らが事業放棄することになってしまう。あきらめないでやるべきことは、まだまだある。

第268回 あと一歩、顧客に近づく

春の料理献立について検討の場に立ち会った。 この旅館では、調理長から献立案と料理写真(器も含めて)が営業責任者に提示される。 多少のやり取りの後、企画のチラシ作成やホームページに掲載し、献立変更の前に接客係を集めて変更内容をレクチャーするというパターンが続いていた。

 料理を顧客に提供している現場では、一応料理内容の説明はするものの、とにかく料理を出して空いた器をさげるという作業に意識が集中しがちだ。

 食事処で夕食の場面を眺めていたこの旅館の経営者は顧客へのサービスというよりも、スタッフが作業をこなしているという印象を強く持った。

 そこで「せっかくの料理をもっとおいしく楽しく召し上がっていただく余地はないのか?」という視点で現場を見直してみることにした。

 早速顧客を装っての試食を実施。経営者はまず牛肉の陶板ステーキに注目した。傍らに置かれたお品書きには地元ブランドの牛肉ステーキと書かれている。しかし、どのようにこの肉を焼いたらおいしいか、逆に言うとどのような焼き方をしたらまずくなるのかといったことが欠けているという。

 実際、各テーブルを眺めてみると陶板の肉を焼きすぎてしまっている。

 鍋料理も同様。どの順序で具財を入れ火加減を調整し、どのタイミングで食べればおいしいかは調理場が知っているはず。ところが肝心のおいしい食べ方については何も告知がない。

 宴会を目的とした団体客中心のオペレーションが今も緒を引いているようだ。創業当時の原点に戻り、顧客にもっと喜んでもらうにはどうしたらいいのか?そのヒントは現場にある。

 イベントを打つことではなく、お金をかけて全く新しいことをするわけでもない。現在提供している商品を見直し、一歩踏み込んだコミュニケーションをとることで、顧客との距離がグンと近くなる。

 入り込み減少に歯止めがかからず、資金繰りで頭がいっぱいになっている旅館は、顧客が喜べないスパイラルに陥ってしまう場面が多い。

 顧客に喜んでもらうことなしに、旅館の再生はあり得ない。

第267回 お客様をひとくくりで捉える危険性

 旅館で毎月開催される営業会議にオブザーバーとして参加していて、時々これでいいのかと思うときがある。

 今月の実績と計画の差異、そして来月の予約状況と計画をうめるための方策、営業予定先の報告。まるで判を押したように毎月同じことを繰り返している。このこと自体は当然必要なことなのであるが、営業担当者は変わり映えのしない企画プランをもって、いつものエージェントや得意先に定期的に回るだけ。

 ところがエージェント自体の顧客が減少しているから、その影響がもろに旅館にかぶってくる。顧客が全くなくなったわけではないが、自分の旅館に回ってくる頻度や確率は大幅に減ってしまった。

 そこで、旅館としてどう対応するかという議論が営業会議で全く出ないのである。 経営者が結果として計画をクリアできなかった理由と対策を求めると、営業責任者はどこも不況だから仕方がない。何回も通ってコミュニケーションを保つしか方法はないという。

 このような厳しい経営環境が続いてくると、旅館の内部においても閉塞感が漂ってくる。そして、一生懸命に仕事をしているのだけれど、いい結果がでないというあきらめムードになる。 そして、それぞれのセクションでは与えられた業務を無難にこなすことが自分の仕事だと認識してしまう。

 この結果、旅館の提供商品は顧客にとって全く「心がこもっていないな」と感じるのである。

 旅館のオペレーションの標準化はとても重要である。スタッフによってサービスや仕事の質にばらつきがあってはならないとこれまでも述べてきた。その旅館のスタンダードが各セクションで確立されなければならない。

 しかし一方で、顧客を「お客様」とひとくくりで捉えてしまう危険性をはらんでいることも事実だ。

 人は皆それぞれ違う。これが大前提である。だから、まず旅館側からスタンダードの商品を提供する。しかしそれをどう感じ取ったかというそれぞれの反応を見る。そこで適切なフォローを現場担当者が取る。こんなプロセスが旅館の質を左右している。

 すべてのセクションで、今接している相手の感情をもう少し想像してみることで、次の行動が変わってくる。

第266回 計画が頓挫する繰り返しを絶つ

 提供商品の品質アップや業務改善の取り組みについては、このコラムで何度となく取り上げてきた。

 明確な理想の姿(あるべき旅館像)を描き、現状とのギャップを認識し、理想のところまで引き上げることは経営者の重要な仕事である。

 ところが現実には、途中で失速してしまう場合が結構多いのではないか。

 極めて当たり前のことであるが、ビジネスは結果が全てである。いくら良いプロセスを描いても、何らかの理由で目指す結果にたどり着けなければ、何もやらないのと結局同じなのである。

 経営戦略を実践していくときに、よく使われるのがPDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルである。

 これがうまく機能していかないのは、計画を立てて(P)実行(D)したところ(C)問題が発生し、中止(Stop)となるケースである。ここで重要なことは、Checkをしたことで新たに発生した課題をクリアして、目標に達成させるための再計画(P)を練ってアクション(A)に結び付けられるかどうかである。実はこれがとても大きなエネルギーが必要であり、ここでめげるケースがほとんどだ。

 今、どの旅館も集客アップを全力で取り組んでいる。旅館ごとに明らかになっている集客目標を達成させるためには、提供商品や業務オペレーション、営業方法等に至るまで、全てにおいて見直しを図る必要がある。

 そして目指すところまで到達するために、プロセスの途中で明確になった障害を乗り越え、やりきるという成功事例を何としても作らなければならない。

 うまくいかないところは過去に成功したかもしれないが、今は通用しない方法を繰り返し、途中で挫折してしまうパターンなのである。

 旅館は様々な役割のスタッフが同時に働いており、これらの人々が経営者の意向に沿った動きをしてもらわなければならない。

 このためには、指示を出して迅速に動く組織が出来上がっていればいいが、そんなうまい話はあまりない。ならばまず経営者自らが今までと違った動きをするところから始めるべきだ。旅館が変わる原点は、経営者の考えと動きが変わることである。

第265回 抜き打ち現場チェックのすすめ

 ある中規模旅館で顧客からのクレームを基に経営者が現場改善を指示している場面があった。

 そこでは、現場責任者が「わかりました」という返事があり、改善の対応を行ったという。ところが同じ内容のクレームが何度となく繰り返して発生する。

 過去半年のクレーム履歴を一覧表にしてみると、責任者による現場の改善は結果として何も機能していなかったのである。

 会議室で顧客のクレームを調べ現場に指示するというやり方では、だめだと判断した経営者は現場の実態を自分の目で確かめようと抜き打ちで旅館内部を見て回った。

 まずは密室となっている機械室。室内は禁煙にもかかわらず、なぜか灰皿がある。工具が散乱し灯油のふたも開けっ放し。危険極まりない状態に緊急指示を出し、改善の再確認をすることを宣言した。

 続いて用度室。在庫マップや出庫伝票はあるものの用度担当者が不在のときは事実上フリーで持ち出しができる。

 出庫伝票と在庫との突合せも行われていないため、在庫は管理されていないに等しかった。次に各パントリーに移った。ここではトイレットペーパーと固形燃料が必要以上に置かれていた。また、客室に提供するポットがさびついているものが多くあわてて取替えを指示した。客室の清掃をチェックすると、床の間の額縁の破損・空調機周辺の埃が特に目立った。

 わずか三時間の現場チェックでも、次から次へと「あるべき姿」と「現実」のギャップが見えてきた。

 機械室はひとつ間違ったら災害が発生する危険性がある。用度室からの過剰出庫は無駄な仕入れをすることにつながる。客室の備品・消耗品の欠陥、清掃の不備は提供サービスの品質に直結する。

 現場は無意識に日常の業務を楽にこなそうとする。するとオペレーションやサービスの内容が少しずつ崩れてくる。

 これを顧客目線でしっかりと管理監督し、現場でしっかりと具体的な改善の指示を出すことの大切さがこの旅館の経営者が痛感したことであった。

 旅館は経営者の目の届かないところで、同時にいろいろなことが進行している。だからこそ、現場の実態を自ら見て歩くことが、とても重要である。