第364回 小規模旅館が存続するために必要なこと

 特にこれといった売り物はなく、温泉街の中でも控えめな存在の小規模旅館は、なじみ客を中心に今日まで経営を続けてきた。

 実はこのような規模・形態の旅館の数が最も多いのである。

 これら小規模旅館の共通する特徴は、典型的な家族経営で世襲であること。

 客室数は20室に届かない。

 直近の売上高は一億円を切っている。

 メインの金融機関は地元の信用金庫、といったところだ。

 このような小規模旅館においても経営状況は総じて悪化してきている。

 バブル期に身の丈以上の設備投資を実施せず、借入金がほとんどないところは、廃業という道を選ぶことは比較的容易だ。

 息子はサラリーマンになり、自分たちは年金で暮らせば何とかなる。

 しかし、投資投資を実施したがその効果が出ず、借入金が過多となっているところがある。

 そのような旅館はキャッシュフローから返済財源が確保できず、きわめて深刻だ。

 一方債権者である金融機関自体の体力も大いに影響してくる。

 かつては親身になって面倒を見てくれた信金は、統廃合を繰り返し、貸出先に対する姿勢は様変わりしたというケースが多い。

 とりあえずは中小企業金融円滑化法に基づいて、返済を猶予しているが、今年度末を見据えて早急に実抜計画を提出するよう迫ってくるところもある。

 この要請に対し、対応に苦慮しているある旅館経営者は「ここまで経営が悪化したのは、外的環境の変化に対応仕切れなかった自分に責任がある。

 しかし、今年度中に好転させる材料や具体的方法がまったく見えないというのが本音だ」と語る。

 今後は他に取って代わられても影響のない旅館は存在自体難しくなる。

 したがって、顧客にとっての存在価値を旅館自らが作り出すしかないのである。

 そのための重要ポイントは、我が宿の得意分野・強みを徹底的に伸ばしこだわることだ。

 ここまでやるかと思うくらいに選択と集中を図ることである。

 これを具体化してはじめて既存客を引き止め、見込み客を呼び込む可能性が生まれてくる。

 わざわざ宿泊する価値を創造することこそ、今まさに旅館経営者にとって求められる力量である。

 小規模旅館にしかできないことは、実はたくさんある。まずはそれに気づくことらだ。

第363回 ある幹部社員研修について

 ある大規模旅館の幹部社員研修を継続して実施している。

 この企業は人材育成に毎年予算を計上し、外部の専門家の指導を受けることで将来の社長候補を育成している。

 旅館業に限らず中小零細企業は、その大部分が経営者の子供に事業承継をするのが常識となっている。

 その後継者候補が最適な後継者か否かを検証するところは極めて稀である。

 事例の旅館は組織と数字を重んじ、社長には最適な人物がなるべきであるという考え方をもっており、幹部社員は誰もが次期社長候補として位置づけられている。

 この幹部社員研修の柱の一つに「もし自分が旅館の社長だったら」というテーマで、実際に旅館内部で起きた事柄を題材にしての討論と意思決定シミュレーションを実施している。

 社員の立場からみると「なぜこんなことをするのか?」と疑問に思うことが多々あるかもしれない。

 しかし、社長の立場と言うのは、一社員もしくは一セクションからの見方だけではなく、経営全体を把握した中での意思決定となる。

 現実的には社長が行う意思決定というのは、すべての関係者が満足するものなどなく、いくつかの選択肢の中で、ベストの選択をしなければならない。

 そこで立場の異なるセクションごとに、この意思決定に至った背景や理由を可能な限り理解させることが必要になる。

 それを行なわないと、不満を持ったままで、モチベーションがあがらない。

 社長シミュレーションでは、社長との立場の違いや溝をできるだけ埋めることにより、意思決定された後の行動を迅速かつ効果的に実践できるようにしたいという狙いがある。

 組織は複数の人間が集まっている。

 人はそれぞれ性格や考え方が異なるのが当たり前だ。

 皆同じはずだと思うから、現場で発生した問題解決がややこしくなる面もある。

 スタッフや顧客の数だけ違った考え方のなかで、社長はひとつだけ結論を出さなければならない。

 その責任の重さを幹部が身をもって理解することができれば、強い組織になる。

 この研修は数年にわたって繰り返し実施している。

 年々幹部の力が増してきているのがよくわかる。

第362回 装置産業としての認識も併せ持て

 中小企業再生支援協議会へ持ち込まれる案件の中で、二次対応つまり再生の土俵へ上ることができるものは極めて少ないという。

 その理由は、借入金の金額はさておいて、単年度で利益が出る見込みが立たないからである。

 つまり多額の債権放棄や劣後ローンを行なったところで、ビジネスが成り立たなければ支援の仕様がないということだ。

 これは理屈から言えば当然である。

 ではなぜそのような状況になったのかというと、いくつかの理由があがってくるが、そのひとつにハード面の問題がある。

 施設・設備の老朽化が進んでおり、今後施設を維持していく上で、かなりの金額の設備投資が必要となる場合がある。

 特に配管や機械関係のリニューアルについては直接売上アップに貢献しない。

 しかし実施しないと営業そのものが存続できないこととなり、旅館経営にとっては致命的となる。

 これは私的整理のみならず、民事再生等の法的整理にとっても大きなネックとなっている。

 二次対応においては、これら資本的支出が発生する設備投資においても、基本的にはニューマネーの投入はなく、あくまでも利益からの内部留保でまかなう必要がある。

 中規模以上の旅館を設備診断した場合、その見積り金額は数億円に達するケースは稀ではない。

 自力再生が無理となった場合、債権者である金融機関は、物件を競売にかけるよりも、任意売却のほうが、希望価格に近い金額で売却できる可能性がある。

 その場合、買い手は当然ながら、設備投資を含めた総合的なマーケティングの観点から投下した資本を何年で回収できるかどうかのみが判断基準となる。

 再生の現場では、とかく営業利益や経常利益にばかり注目されがちであるが、近い将来必要となる設備投資が旅館経営にとっては、非常に重要なポイントである。

 したがって単年度もしくは中期経営計画の策定において、段階的設備投資の内容と金額は是非とも組み込むことが大切だ。

 もちろんわかってはいるが、その余裕が無いから先送りをしているのだという声が聞こえてくる。

 しかし、それは必ず大きな反動となってダメージを与えることになる。

 旅館経営はサービス業であるとともに、装置産業である。この二面性を無視した経営は今後成り立たない。

第361回 受身体質からの脱却を目指せ

 宿泊単価の低下は、収益を生まない体質の現れであるということを何度も述べてきた。

 いわゆる単価破壊は、旅館業界に限ったことではなく、あらゆるところで見受けられる現象となっている。

 利用客からすれば、同じ商品やサービスならば、少しでも安い方がいいのに決まっている。

 エンドユーザーに直接商品を売る立場にあるところは、利幅が少ない低料金であっても、大量に商品を売ることにより、粗利額を確保しようとする。

 その背景には仕入先に対して大幅な価格の削減を要求し、個々の金額を呑むか呑まないかの選択を迫るものもある。

 この構造を旅館に置き換えると、相手先のエージェントや大口の団体から料金提示を受け、全くゼロになるよりは、低単価でも数をこなす方がよいという判断がなされるのである。

 このようなケースが後を絶たず、現場ではコストダウンを実施し続けてはいるものの、ほとんどの場合、欠損が生じてしまう。

 営業の現場では、価格はもう落とせないので、飲み物をサービスする等のプランを提示して成約を目指している。

 しかしこの結果、追加の飲み物や2次消費が期待できず、現場スタッフの士気の低下にもつながっていく。

 ある旅館では、この傾向に歯止めをかけるために、まずエージェントに対する経費がいくらかかっており、実際の粗利額がいくらなのかを分析した。

 具体的には、手数料はもちろん、協賛金や販促費、交通費、付き合い旅行の経費等をエージェント別に算出した。

 さらにこの経費率を、宿泊料金別にかけて、それぞれ裸の金額を出したのである。

 その結果、エージェントによって、経費比率は8%から25%を超えるまで実に幅が広いことがわかった。

 さらに業者別の顧客特性、つまり2次消費が多い客層を持っているとか、平日に送客が期待できる等の要因を加味する。

 このようにして、現在受けているエージェントや顧客の実際の単価が、当館にとって、今後もこのまま受けていくべきかどうかの判断材料にしたのである。

 この旅館では、宿泊料金については顧客やエージェントの言いなりでは受けないという体質が出来上がってきた。