第276回 外部経営環境の変化に流されるな

 旅館経営を再構築して新たなスタートを切りたいと日々思っているある経営者の話である。

客室数は50室。バブル期に繁栄した典型的な歓楽街の温泉旅館である。昭和50年代後半から平成5年ごろにかけて段階的に設備投資を繰り返してきた。
 
 当初は売上高が年々増加し続けていたので、経営者は強気だった。金融機関も借入金は膨らんでも、返済と金利はしっかりと払い続けているので問題はないと判断し、融資はスムーズに実行された。
 
 この当時の金融機関が旅館をどう捉えていたかというと、旅館は典型的な装置産業であり、常に大なり小なり設備投資を繰り返しているのが健全な姿だと言っていた。だから、借入金残高が売上高の三倍近くになったとしても、さらに貸し続けていくことが全国で展開させたのである。
 
 つまり、この景気が当面続くという前提があったからだ。
これが旅館経営のビジネス感覚を狂わせ、大きな荷物を背負い込むことになったのである。つまり、自分が予想する客単価と入込みは、設備投資を繰り返すこととエージェントに対して手数料を支払うことで確保できるという思惑だった。
 
ところが、旅館を取り巻く経営環境は全てといっていいくらい、それまでと反対の方向へ向いた。これに対し、様々な改善を取り組んできてはいるが、結果として外部経営環境の劇的な変化に対して対応し、新たなビジネスモデルを構築しきれないまま、今日を迎えているというのが本音である。
 
このようななか、破綻した施設を破格で買い取り、アクセスを含めた廉価な設定での新規参入は当面続くだろう。
 
 ここで、プロパーである旅館経営者はどのように再構築を図ればいいか?あくまでも安売りで対抗していくのであれば、設定した料金と稼働率でキャッシュがまわり、利益が出るように内部構造を構築するか、その旅館の特長を最大限に伸ばし、顧客から予約をこぎつけるしかないのである。

 この再構築が中途半端なため、顧客の予約という意思決定にいまだ至ってはいない。旅館の都合だけで経営を行うことはできない。顧客の感情を動かすしくみが、それぞれの旅館で如何にしたら作り上げることができるかどうかにかかっている。

第275回 二次消費を立て直すために

 二次消費の売上があがらない。どの旅館でも共通の課題である。

 部門長が集まる毎月の会議を聞いていると、決まって今月は団体客が少ないから二次消費が上がらなかったという理由が担当者から述べられる。

 だから団体客が激減した今日、二次消費の売上は、はなから見込めないと宣言しているように聞こえる。

 たしかに、景気のいい頃は宴会場から二次会場へ多くの客が流れ宿泊単価は低くても高額の付帯売上が経営を支えていた時代があった。

 確実にそのような時代は過ぎ去り、店を開けていれば自動的に売上がたつことはなくなった。

 ところがこの旅館では、そのような時代や客の変化に対して何か対策を打っているのかというと、実は何もしていないのである。バブルのころ作られたグランドクラブは客がまったくいない状態で数人のスタッフが手持ち無沙汰にいるだけである。

 少なくとも、夕食が終わって館内を歩いている客が少量のドリンクとカラオケが手軽な料金で利用できるしくみづくりと告知は、館内いたるところでできるはずである。売店や大浴場にだって、このような館内販促の場を設けることも可能だ。タイムサービスの割引チケットを配ることもできるはずである。このような来店のハードルを可能な限り低くして、まず利用してもらうための工夫を旅館はすべきであって、前年対比の数字をにらんでばかりでは、らちがあかない。

 売店も同様で、全てを業者まかせにしてしまった結果、ほとんど一部の決まった商品しか回転しない結果となっている。ちなみに売上・利益額・数量のABC分析をすれば大部分の商品がただ陳列されているだけだということがわかる。ならば、思い切ってそのスペースを他では扱っていない地元特産品コーナーとし、試食を伴った側面販売をするだけで売上アップを誘導することが可能である。

 二次消費はあがらないものだと自ら決め付けるのではなく、客に財布の紐を自然にあけてもらうにはどのような取り組みが必要かを、客の感情という視点で仮説を立て、検証してみることを繰り返してほしい。反応は必ず結果となって出てくる。

第274回 個人客の奪い合いの中で

 団体客の大幅な減少とともに、既存エージェントからの送客も減少傾向が顕著になり、ネット系から入ってくる個人客の奪い合いが顕在化している。

 パソコンの画面上で旅館商品の比較対照が容易になった今、いかにわが旅館の優位差別化が顧客に伝わるかがポイントになる。しかし、実際はその差がほとんどわからないので、結果として価格の勝負に陥ってしまっている。

 実際、旅館からすれば、例えば先月まで二万円の宿泊単価をくずさなかったライバル旅館が、ある日突然キャンペーンと称して数千円の割引を打って出てきたら、あせってしまう。そして入り込み数が伸び悩んでくると、わが旅館もこの料金に横並びにしてしまう。

 ところが宿泊単価のダウンに伴って、食材費や一般経費のコストダウンを図っているかというと、この部分には手付かずというパターンが見受けられる。

 顧客からすれば、コストパフォーマンスが良くなるわけだから、口コミ評価はアップするけれども、経営状況はさらに悪化するという状況になってしまう。

 その月の入り込み計画に比較して、実績が伴わなくなってきた時は、責任者の判断で一気に宿泊料金の変更が行われることが多い。そこで変更した料金でも、利益が出るしくみを構築することが、その旅館の生き残りにかけての必須条件である。

 固定費のコストダウンはいうまでもないが、宿泊料金のダウンに伴う食材の工夫によるコストダウンをおこない、必要粗利益額を確保することは経営者の重要な仕事である。

 今後もこの傾向は続くものと考えたほうがいい。だとしたら、予想される宿泊価格の変動幅によって、あらかじめ料理内容の変化について、厨房も事前準備をしておくべきである。

 特に、個人客は飲み物もほとんど注文せず二次消費も期待できない。したがって、この行動内容における旅館の評価基準は快適で飽きのこない客室空間と、食事の充実度のウエイトが高い。団体客のように料金の差によって高級食材が一品つくというような単純な発想は捨てるべきであり、食事や客室の空間で顧客を魅了し、リピートに結びつくまで商品の質を与えられたコストの中でいかに表現できるかにかかっている。