第268回 あと一歩、顧客に近づく

春の料理献立について検討の場に立ち会った。 この旅館では、調理長から献立案と料理写真(器も含めて)が営業責任者に提示される。 多少のやり取りの後、企画のチラシ作成やホームページに掲載し、献立変更の前に接客係を集めて変更内容をレクチャーするというパターンが続いていた。

 料理を顧客に提供している現場では、一応料理内容の説明はするものの、とにかく料理を出して空いた器をさげるという作業に意識が集中しがちだ。

 食事処で夕食の場面を眺めていたこの旅館の経営者は顧客へのサービスというよりも、スタッフが作業をこなしているという印象を強く持った。

 そこで「せっかくの料理をもっとおいしく楽しく召し上がっていただく余地はないのか?」という視点で現場を見直してみることにした。

 早速顧客を装っての試食を実施。経営者はまず牛肉の陶板ステーキに注目した。傍らに置かれたお品書きには地元ブランドの牛肉ステーキと書かれている。しかし、どのようにこの肉を焼いたらおいしいか、逆に言うとどのような焼き方をしたらまずくなるのかといったことが欠けているという。

 実際、各テーブルを眺めてみると陶板の肉を焼きすぎてしまっている。

 鍋料理も同様。どの順序で具財を入れ火加減を調整し、どのタイミングで食べればおいしいかは調理場が知っているはず。ところが肝心のおいしい食べ方については何も告知がない。

 宴会を目的とした団体客中心のオペレーションが今も緒を引いているようだ。創業当時の原点に戻り、顧客にもっと喜んでもらうにはどうしたらいいのか?そのヒントは現場にある。

 イベントを打つことではなく、お金をかけて全く新しいことをするわけでもない。現在提供している商品を見直し、一歩踏み込んだコミュニケーションをとることで、顧客との距離がグンと近くなる。

 入り込み減少に歯止めがかからず、資金繰りで頭がいっぱいになっている旅館は、顧客が喜べないスパイラルに陥ってしまう場面が多い。

 顧客に喜んでもらうことなしに、旅館の再生はあり得ない。