第466回 衣食足りて礼節を知る

 温故知新ということを前回書かせていただいた。

 そして今回は、『衣食足りて礼節を知る』について書かせていただきたい。

 出典は前回同様中国の春秋時代、斉の国宰相をつとめた管仲の言葉である。

 管仲は国王に国の政治について聞かれ、『倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。』と答えたとされている。

 つまり、まず民生の安定があってこそ政治が行えるということである。

 なので、最重要としたことは、まずいかに税金をとるかや強兵を行うかではなく、民生を栄えさせることとしたのである。

 この語が後世になり短くまとまり『衣食足りて礼節を知る』となったとされている。

 以前もこの話に触れたことがあったのだが、先日ある旅館でこの言葉を印象付けさせられるような出来事があった。

 その旅館は、バリアフリーに力を入れており、階段や廊下の手すりはもちろんのこと、館内のあらゆる場所の段差をなくす改装工事を行った。

 そのおかげをもって、県から福祉に力を入れている賞賛すべき旅館であるとの表彰までされた。

 しかしである。その努力は結果報われず、それからそんなに時がたたないうちに再生しなければ立ち行かない状況になってしまったのである。

 原因はバリアフリーを行うために発注した改装工事の借入金の返済が経営を圧迫したのである。

 まさに本末転倒の話だと言える。

 営業においては、アピール不足も重なり、その旅館を利用した不自由な方は正直そんなに多くはなかったのだ。

 むしろ、バリアフリーにしたために、以前の趣のある旧来の日本家屋風の佇まいから、追加改装工事であったことも重なりなんとも無骨な内装になってしまったのだ。

 そのため、一般客の利用はむしろ減ってしまったのである。

 旅館、そして金融機関の査定、すべてにおいて現状のその旅館の分析、マーケティング、ターゲットの選定、営業戦略と見誤っているのである。

 最近、よく『身の丈経営』という話を耳にする。

 自分の身の丈に合った経営をせよ、背伸びはするなという意味であるが、私としてはきちんと経営方針と将来ビジョンが確立されていれば問題はないと考えている。

 しかし、それにはまず、自分の今の足元の経営状況をしっかり見極め、今の状況できちんと体力を付けなければいけないのである。

 福祉という甘美で耳触りのいい言葉ではあるが、本丸である経営を揺るがしてしまっては本もこうもないのである。

 まさに『衣食足りて礼節を知る』のように、自分の現状を安定化させることが次の第一歩なのである。

 優先順位を履き違えることなかれ。