第271回 選ばれる旅館づくりが必須

 二十年ぶりである旅館経営者と会う機会があった。その当時の思い出が一気によみがえった。

 バブル全盛期、旅館は設備投資のラッシュだった。金利は7%後半、坪単価百数十万という今では考えられない数字が並ぶ。それでも高額な投下資本を回収するだけの根拠として、消費単価二万五千円、定員稼働率五十五%という数字が当時の経営計画書に記されている。

 これが二十数年続く前提で設備投資が行われたのである。ところがこの当時の借入金がほとんどそのまま残っている旅館も少なくはない。

 このバブルに入る前、昭和五十年後半のある総合案内所が発行した販促資料には「ポッキリ一万円」という宿泊単価が売りのシリーズがあった。

 それから二十数年、その当時の宿泊単価より、さらに低い金額での攻防に巻き込まれるとは誰も想像することはできなかった。

 このように、いい時代の数値を基準に長期の計画を立てるととんでもないことになる。そんな状況は決して長く続かない。だからこそ、現在のようないわゆる底の時代でも利益が出る旅館のビジネスモデルを確立させなければならない。

 景気がよかった時代は極端な言い方をすれば、隣の旅館を真似すればよかった。それだけ多くの宿泊客があふれていた次代だったから、その当時の流行を取り入れた施設やサービス・料理スライル・企画ものが全国に溢れていた。

 しかし今となっては、この成功体験が全く通用しなくなってしまった。及第点をもらえる商品を提供することと利益をあげることとは相関関係にはないのである。

 これからの時代、人を引き付ける魅力とはなにか?あたらしいブランド力とは何か?それは今までの流れや考え方の延長線で、商品を作り変えたところで、消費者はその変化には気づかない。

 選ばれる旅館になるには徹底したこだわりを提供商品に落とし込む必要がある。それはその旅館の元来持っている強みであり、その旅館経営者の最も得意とするものであるべきだ。

 中途半端では決して生き残れない。ここまでやるのかと感心されるまで宿の魅力を作りあげなければ、顧客から選ばれる旅館にはなり得ない。