「エヴァンゲリオン」の庵野英明が脚本・総監督、「ゴジラ」シリーズ第 29
作目にあたる映画『シン・ゴジラ』。7 月 29 日公開以来 3 週目のデータ、
動員 230 万人、興行収入 33 億円を突破、快進撃中のようである(興行通 信社発表)。
こ の 映 画 を ネ タ 元 に 、 フ リ ー ジ ャ ー ナ リ ス ト の 秋 山 謙 一 郎 氏 が
「DIAMOND online」で発表した記事が、実に面白い。そのテーマは、『もしゴジラが本当に東京湾から 首都・東京に上陸して大暴れしたならば、わが国自衛隊はどう対処するのだろうか』というものであ る。 もちろん架空の話だが、ゴジラがわが国にやってきた場合の自衛隊のオペレーションとはいかなるも のか。防衛省、陸海空の各幕僚監部、そして自衛隊の作戦をつかさどる統合幕僚監部に話を聞いた。 今回は映画評論にあらず、現役自衛官たちが真剣に考えてみた「ゴジラ・シミュレーション」である。
「架空の事柄について回答することは差し控えたい」が正式コメントである。取材先全てが、公式な見 解は出せないが、「自衛隊はゴジラに勝てるのか」は重要テーマであり、あくまで個人的意見との前提 で話をしている。
結果、陸・海・空全ての、複数の幕僚監部の個人的見解は、「勝てる」と断言する。
海上自衛隊は「うちが一番強いに決まっているではないですか?もし東京湾にゴジラが現れたならば、 3 時間もいただければ殲滅も駆除も可能です。世界最強の特殊部隊『特別警備隊( SBU :Special Boarding Unit)』が出動すれば、もう大丈夫です」と自信満々の回答であった。
「陸・海自と違い、空自は機動性が高いのです。対ゴジラ戦ではうちが一番強いです。戦闘機でゴジラ が情報を得る“目と耳”に煙幕を張るなどして行動に制限を設けます。」と胸を張る航空自衛隊。
「もし対ゴジラ戦となれば、そのオペレーションではうちがイニシアティブを取らせていただくことになる 筈です。」とは陸上幕僚監部の話である。 しかし現在は統合運用の時代、オペレーションは陸海空統合で行われる。実際には、陸・海・空 3 軍 が力を合わせてゴジラと対戦することになり、それを総括するのが統合幕僚監部である。
もしゴジラが東京湾に現れたなら、自衛隊出動に至るまで、幾つかの法の壁を乗り越えなければなら ない。実際に自衛隊が動けるのは、自衛隊法第 76 条の「防衛出動」が明らかになった場合のみに限 られる。
まず、ゴジラという動物の分析から始まる。 いくら巨大生物であっても、諸外国が軍時行動やテロ目的で放ったものでなければ、いきなり殺処分 するというわけにはいかない。つまり、我国国民に危害を加えないようであれば、動物愛護法の観点 から「駆除」の方向で対応するしかない。鳥獣保護法でゴジラは『有害鳥獣』に指定されていないので、
現状では捕獲はおろか、殺処分はできない事になる。仮に殺処分するにしても、自衛隊や警察は狩 猟免許を持っていないゆえ、できるのは猟友会のみである。
ゴジラが現れた場合、たとえ形式的にでも、まず猟友会で対応できるのかどうか議論され、猟友会で 対応できない、警察でも厳しいという話になって、ようやく自衛隊の出番となる。 問答無用で暴れ回るゴジラを目の前にして、そんなことをやっているヒマが本当にあるのか、しかし現
状の法的縛りは、実際に戦う前に、幾つかの法的問題を解決しなければ、自衛隊は動けない。 ゴジラが「諸外国やテロ組織が放った巨大生物・怪獣」が明らかであれは、『防衛出動』として自衛隊 の素早い対応が期待できるが、この場合もかなりハードルは高い。
『防衛出動』を行う場合には、内閣総理大臣は国会で承認を得なければならず、もし国会で承認を得 られない場合は、ただひたすらゴジラの行動をウォッチするだけとなる。 現状では、領海から領土、とりわけ首都・東京に上陸されても、根拠なしに自衛隊は動けない。
ゴジラが、我国領海に入った段階で防衛出動が決定、3 軍出動するが、しかしこれをゴジラがかわし、 首都・東京までやって来たとなれば、陸自主体のオペレーションを展開することになると予想される。 まず東京都、神奈川県、千葉県といった首都圏の各地方自治体に、ゴジラ上陸に備え、「お宅の土 地・家屋をゴジラと闘うためにお借りしますよ」…という「防御施設構築」を行い、水際で打ち破るべく 関東周辺の部隊がここに派遣される。
自衛隊法では、防衛大臣が内閣総理大臣の承認を得た上で、陣地など防御施設を構築できる。 とはいえいくら国家火急の事案といえども、自衛隊がいきなり民間の土地家屋を接収して…というわ
けにはいかない。できるだけ、その民間私有地の持ち主を探し出し賃貸借契約を結び、それから防御 施設構築を行うことになるとのこと。
そして最大の戦闘の要は、ゴジラの持つ「核エネルギー」ということである。 核をエネルギーとするゴジラに対抗できるのは、この分野を専門とする化学科部隊しかない。 対ゴジラ戦では核攻撃への対応を応用し、これを殲滅する。駆除、捕獲という選択肢はないという。 化学部隊を軸としたオペレーションは、国民に化学汚染の不安を抱かせ、到底納得できないと真っ向 から反対されるかもしれない。 ゴジラの特性を踏まえ、かつ自国民が放射能被爆に怯えることのないオペレーションを組み立てるこ とが重要、かつ最大の課題となるはずである。
フリージャーナリスト・秋山謙一郎氏のふっかけた“架空の話”にも、制服組の現役・元職自衛官たち は、「私人の立場」と前置きをした上で、真剣に、事細かく答えてくれたようである。
特に新安保法制以降、これまでにないほど士気旺盛といわれる自衛官たちの意気込みが、ひしひし と伝わってくるレポートだった。
脅威が迫り来れば、わが国の安全保障は待ったなしだ。
災害派遣、地震防災派遣等の自衛隊出動と違う防衛出動は、侵略行為への対処が目的であり、唯 一「武力の行使」を認めるものである。 したがってこの行使に当たっては、国会の承認、公共の秩序の維持、物資の収用等、防衛出動待機
命令、海上保安庁の統制、アメリカ軍への役務の提供等々多くの法的、社会的ハードルをクリアしな ければならないのは、当然かもしれない。
新安保法制を批判する人の多くは、自国の防衛努力は何もせず、憲法に「平和」と書けば平和が維 持されると思っている。そんな理想や幻惑が、日本だけ現実となり、71 年間が過ぎ去った。
新安保体制になった今でも、眼前に危機が迫った時、自らを防衛するだけの防衛出動を実施するま で、相当の時間を要すること、ゴジラ VS 自衛隊の架空話は教えてくれる。
2016年8月21日
カテゴリー:飯島賢二のコラム