第685回 五代目志ん生、生誕126周年なのだ!


相当昔から、古典落語が好きだった。

親父(オヤジ)がニコニコしながら落語を聞いていた記憶は全くないから、父親の影響ではない。

何のきっかけで落語を聞き出したのかは、覚えていないが、かろうじて、「文楽・志ん生」のライヴを知る世代として、ずーっと、優越感に浸ってきた。

最晩年の二人が相次いで亡くなったのは、僕が二十歳(はたち)を過ぎたころだった。

戦後の落語界、「大名人」と併び称された八代目桂文楽五代目古今亭志ん生

細部まで緻密に作り込み、寸分もゆるがせにしない完璧主義の文楽に対し、対照的な志ん生の八方破れな芸風は、当時の贔屓を二分する人気を博した。

志ん生の噺を聞いたことがない人がいるとしたら、随分、人生において損をしているぞ…というのが、冒頭の「優越感」につながっている。

「文楽は目指せるが、志ん生は目指せない」~その生きかた、存在そのものが「落語」であったという点で、ほとんど唯一無二の人であった。

それを一番知っていたのは、志ん生の次男、二代目古今亭志ん朝だったに違いない。

志ん生の逸話はいくつも伝えられているが、そのキーは「貧乏」と「」にある。

『一口に貧乏というけど、それにもピンからキリまである。あたしの方はそのキリの方なんで…』と本人が言うが如く、貧乏に嘆くのをはるかとおり越して、「自慢」の域に入っている。

そして「酒」、酒に関わるエピソードは、枚挙に遑(いとま)がない。

6月5日は五代目志ん生の誕生日、今年は生誕126周年に当る。

改めて五代目志ん生という人間の人生を、垣間見てみたくなった。

 

Episode1

関東大震災が起きた時、家を飛び出して、真っ先にむかったのが酒屋。

酒が残らず地面にしみこむ、と思ったそうで、酒をくれ、というと酒屋の主が、俺は逃げるから

好きなだけ勝手に飲んでくれ、といったとか。

Episode2

いつもより呑みすぎた志ん生、そのまま高座に上がった。

語りが途切れたかと思うと、スースー、いびきをマイクが拾う。

起こそうとする客に、別の客が「寝かせといてやれ」と声をかけた。

喋らないで、寝ている姿だけで客は楽しみ、満足したのだ。

Episode3

戦後しばらく残っていた満州から日本に帰ってきた時、音沙汰無しで心配する家族に、

いきなり「・・・サケタノム」と電報をしてきたという話。

Episode4

記者「最近はビ-ル飲む人が増えてますが、師匠はやはり酒ですか?」

志ん生「ああ、ビ-ルはすぐションベンになっちまっていけない。酒はうんこになる。」 

 

酒を飲む人 花なら蕾 今日も咲け咲け 明日も咲け」【都々一坊扇歌】、

志ん生が「蕾」かどうかは別にして、「酒ありき良き人生」羨ましくもあり…と思う今日この頃である。

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2016年6月12日IKG(~飯島経営グループ)
カテゴリー:飯島賢二のコラム


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